すれ違いで喧嘩

昨日母とけんかをした。
母は凄く怒って、自分がサポートをしているということを協調していたし、一緒に住めないと言っていた。
多分、遅かれ早かれの本音が出たんだと思う。
あの時、また私の中で希死年慮が久しぶりに出てきた。

私は失敗作なんだ。
なんで私を生んだんだろう、そう思ったんじゃないか。
優秀な理想的な人間に育たなかった私を見て、発達障害が判明して、「こんなはずじゃなかった」と思ったんじゃないだろうか。

しかし、「~なりのサポートをしてきた」という言葉に、正直どんなものが?と思ったものだ。
具体的にこうしたというのを話してくれたわけではないので、私には伝わっていなかったのだ。
多分、見守るというのが大きかったのかもしれないけど、その見守りは私には放置に映った。
理解しようとしているというけれど、どんな理解をしているかといっても、

希死年慮のこと
具体的に話すことが必要な時があること(あいまいな言葉では理解できないことがある)

この二つに関しては理解しようとしている風には見えなかった。
私の許容力不足なだけかもしれないが。
口に出さなかったけど、そうしたらまたひと悶着起こるから。
多分、もう疲れたんだろう。

ひたすら謝ることにしたら、怒りが収まったらしい。
私の気持ちは可能な限り封印する、その原則を忘れていた。反省。
謝ってその場が収まるなら、それでいいじゃないか。
事なかれ主義といわれようと、それでいい。
それがうちの平和になるのなら。
そして、私のダークな気持ちは家庭内ではくすぶらせるだけにする。
何かあるなら、母が関与しないカウンセリングと精神科医の診察のみ。

生まれてきてごめんなさい。
生きててごめんなさい。

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by juncoism | 2011-03-27 18:02 | juncoism
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